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?.グローバリゼーションのインパクト
1.租税政策の大転換
グローバリゼーションとは情報化の進展を基盤に、ブレトンウッズ体制を支えていた資本統制が解除されることによって進められていく。こうした動きは1960年代から始まるけれども、1980年代に明確化する。
コロラド大学のスタインモ(S.Steinmo)は1970年代の租税負担率と経済成長率との関係と、1980年代の租税負担率と経済成長率との関係を、第1図と第2図のように示している。こうした図に示されているように、1970年代には租税負担率と経済成長率との相関関係が認められないのに対して、1980年代には租税負担率と経済成長率との間に明確な負の相関関係を見出すことができる。
すなわち、1980年代になると、租税負担率が低ければ、経済成長率が高くなり、租税負担率が高ければ、経済成長率が低くなるという関係が明らかに表れてくる。こうした変化が1980年代になると、如実に形成されるのは、1980年代を契機に経済のボーダレス化、グローバル化が進んだためと考えられる。
1980年代までは資本統制により、租税負担率の相違に反応して、資本逃避が生じるという事態は抑制されていた。ところが、1980年代になると、ブレトンウッズ体制が崩れて金融自由化が進み、資本は一瞬のうちに、租税負担率の低い国を目指してフライトしてしまう。こうした資本逃避が活発になったために、1980年代になると、租税負担率と経済成長率との間の負の相関関係が明確となったのである。
1980年代になって、こうした租税負担率と経済成長率との間の負の相関関係が浮き彫りになってくると、世界的に税制改革のスタンスに大転換が生じる。つまり、1980年代を契機に、資本所得への負担を低めるような税制改草が追求されていく。そのため「所得から消費」へ、「広く薄い負担へ」というキー・ワードが税制改革の合言葉となっていく。
しかし、そのことは能力原則にもとづく課税が困難になっていくことを意味する。法人税や累進所得税のように、資本所得に重い負担をもたらす租税が、租税負担の引き下げ競争の対象となるからである。ところが、こうした租税は国税に配分され、それによって所得再分配機能や経済安定化機能を、中央政府は果たしていた。したがって、能力原則の課税が困難になってきたということは、国税の強化が困難となり、中央政府が所得再分配機能や経済安定化機印を担うことが難しくなったということができる。
2.地方政府による社会防衛
これまで中央政府は能力原則で課税される国税と、貨幣給付を組み合わせることによって所得再分配機能を果たしてきた。しかし、それは景気安定化機能としても機能していたのである。こうした機能によって政府は、市場経済のセーフティーネットとしての役割を果たし、社会防衛(Social protection)を実現してきたのである。ところが、既にみたように、こうした中央政府による社会防衛機能は、1980年代を契機とする経済のボーダレス化によって急速に弱化していく。しかし、そうなると市場経済の荒波から社会を防衛できなくなってしまう。
そこで地方政府が中央政府に代替して、社会防衛機能を担わざるをえなくなる。つまり、グローバル化は同時に、ローカル化をも要求することになる。しかし、地方政府は中央政府のように、能力原則にもとづく課税と、貨幣給付の組み合わせによって、社会防衛を果たすわけにはいかない。というのも、地方政府は生まれながらにして国境を管理していないオープン・システムの政府だからである。そのため国境を管理する中央政

 

 

 

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